懐かしさに浸る

こんにちは。
~キセキの杜~ジョブステーション高田馬場です。

 

本日は、土曜日なのでリフレッシュイベントを行いました。

今日のテーマは

 

『懐かしの駄菓子』

子どもの頃、遠足のおやつには必ず駄菓子を持っていきました(*^-^*)

今は、町の駄菓子屋さんが減り、スーパーやディスカウントストアの一角に並ぶのみとなりましたね。

小学生の時、初めての遠足で予算300円のお菓子を買うため、100円玉を3枚握りしめて買いに行ったことを今でも鮮明に覚えています。

たくさんの駄菓子に囲まれた空間はとても特別で、毎日こんな駄菓子に囲まれて暮らせたら幸せだなぁ・・・

と子どもながらに考えていたことがありました(笑)

店先にはいつも優しいおばあちゃんがいて、ニコニコ笑いながら対応してくれました。

覚えたての足し算と引き算を駆使しながら、ぴったり300円になるように買うのが楽しく、遠足で食べきれなかったお菓子は数日の間学校帰りに家で食べるおやつ時間の楽しみとなっていました。

皆様はどんな駄菓子のエピソードがありますか?

本日ジョブステーションで用意した駄菓子はこちら↓↓↓

 

 

 

 

ショッピングセンターに入っている夢やという駄菓子屋さんで購入してきました。

たくさんの駄菓子に、利用者さんも懐かしそうにしながら笑顔を見せました。

 

駄菓子にはどんな歴史があるのでしょうか。

今回は駄菓子のいわれについて少し触れてみたいと思います。

元は江戸時代に雑穀や水飴などを材料に使って作り上げ、庶民の間食として食べられていたのと、

安さもあり一文菓子と呼ばれていたそうです。

地方の藩においては常備食として蓄えていた「糒(ほしい)」の払い下げを行っていたことから、

それを材料とした駄菓子を作り上げ、今も売られる伝統的な郷土菓子として定着した地方もあるそうです。

駄菓子という名称は、高級な上菓子の対照としてつけられたもので、関西地方では雑菓子(ざつがし)とも称されています。

この頃の駄菓子は製造に用いる材料が制限され、高価な白砂糖などを用いることは許されなかったとのこと。

現在、駄菓子として売られているものは、明治からの流れを受け、戦後に発達したものがほとんどで、その種類も豊富。

パッケージに児童に人気のスポーツ選手やアニメキャラクターを使用され、物によってはクジ引きができ、

当たりが出ればおまけがもらえるといった工夫がされているものもあります。

流通経路として、昭和期には駄菓子屋が全国の街角に見られ一時代を築きましたが、社会事情の変化で現在は少なくなり、

近年はコンビニエンスストアや大型ショッピングセンター、スーパーマーケットなどに販売の中心が移ったそうです。

 

年々少なくなっていく町の駄菓子屋さん・・・

今なお残る駄菓子屋さんを大切にしていきたいですね。

 

 

 

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